「そろそろ、ちゃうんか?」
「ああ、もうこんな時間じゃないか」
時計はもうすぐ九時を指そうとしていた。
自分たちがゲームに夢中になっていたくせに、岡村と品田は、なぜ教えないんだ、というような目で僕を見た。
しかし、そんなことで文句を言っても仕方ない。いつものことなのだ。
「じゃあ、テレビに切り替えるよ」
僕は手にしたリモコンをテレビに向けた。
十二月になると、明光学園は騒がしくなる。
それは他の学校のように冬休みが近くなったり、クリスマスパーティーの企画なんかで盛り上がったりするからだけじゃない。
一年間の芸能活動の評価が下だされる賞レースが始まるからだ。
マスコミでは、今年の明光学園は当たり年だと世間では言われていた。
今年の始めにCDデビューした瀬戸綾乃と観月唯香の明光コンビが、今年の賞レースの目玉だからだ。
そのせいか十二月になると、二人とも欠席が目立つようになった。
綾乃にも唯香にも会えない日が何日も続くと、僕の人生はなんて味気ないんだろうという気がしてくる。
しかし、その反面、彼女たちのテレビでの露出度は増える一方だった。
テレビや雑誌で見る彼女たちは、学校で顔を会わせるときと違って、とても遠い存在のように思えた。
まさか、この娘たちと、今年一年、ずっと机を並べて勉強をしていたとは信じられない気になってくる。
「今年の新人賞は瀬戸さんの一人勝ちだろうね」
学校の休み時間に賞レースの行方を扱った雑誌の記事を熱心に読んでいた僕に、岡村があたりまえのことのように言った。
「そやかて、唯香ちゃんもけっこうテレビに出てるで」
このことをずっと話題にしたかったらしくて、品田も強引に僕たちの中に割り込んできた。
賞レースを戦っているふたりともが同級生であるために、世間一般のファンのように無責任な噂話がしにくい雰囲気があるのだった。
しかし、気にしているのはみんな一緒なのだ。
「たしかにテレビのレギュラー番組の数だけだったら、観月さんの方が勝ってるんだけど、いかんせんバラエティーが多いんだよな」
「そうかもしれんな。人気はあるけど、セールスに結びつかんって感じかな」
「そうだね。それに対して、瀬戸さんはドラマで確実に視聴率を上げているし、バラエティーへの露出は極力抑さえて、高級感を維持しているんだよな」
「売り出し方の違いなんやろうな。CDの売り上げだけやったら、トントンちゃうんか?」
「まあね。ただ、一番重要なのは観月さんの歌唱力かな」
「だけど、唯香さんも一生懸命歌ってるよ」
たまらず僕も話題に参加した。
「そりゃあ、一生懸命歌ってるのはわかるけど、プロはそれだけじゃだめなんだよ」
岡村は厳しい口調でピシャリと言った。
「ほな、岡村は綾乃ちゃんを応援するっていうわけ?」
「応援というわけじゃないさ。ただ、データから考えれば、瀬戸さんだと言ってるんだ」
「よっしゃわかった。わいは観月唯香派や。唯香ちゃんを応援するで。わいは昔からチャレンジャーが好きやねん」
「阪神みたいに永遠のチャレンジャーもいるけどね」
「やかましい! で、和也はどっちを応援すんねん?」
「……ぼ、僕は……」
どっちかひとりだけを応援するなんて、そんなことできなかった。
そう言おうと思ったが、それより先に品田が提案した。
「ほなら、大晦日は和也の家で、みんなで一緒にCDグランプリ観よか?」
「ああ、そうだな。ひとりで観てるよりは、いろいろ感想が言い合えていいかもな」
「よっしゃ決まりや」
僕の意見なんか誰も求めない。ああ……。でも、それはいつものことだ。
それに僕だって、彼女たちが戦っているのをひとりで見るのはちょっと、という気になっていたんだからそれでいいんだけど……。
というわけで、品田と岡村は大晦日の夜、本当に僕の家にやって来たのだった。
居間には大きなワイドテレビがあったが、そこは両親によって占領されているために、僕の部屋で少し小型のテレビを食い入るように見つめた。
まず最初に新人賞だ。
僕たちは今年に限ってはグランプリには興味はない。
綾乃と唯香がノミネートされている新人賞こそがすべてだった。
今年の新人賞には、綾乃たちの他に三人のアイドルがノミネートされていた。でも、みんなイマイチ、パッとしない。
新人賞は瀬戸綾乃か観月唯香のどちらかになるのは、誰の目にも明らかだった。
でも、そのふたりはステージに並んで立ち、ときどきなにか言葉を掛け合って笑ったりしているのだった。
緊張しているようにも、力んでいるようにも見えなかった。
そこには自然体の女の子が並んで立っていた。
そして、ショーは淡々と進んでいく。
新人アイドルたちはノミネートされた曲を順番に歌った。
それに対して、客席から声援が飛ぶ。
みんなにそれぞれファンがついているのだ。
ときどき客席が映されると、名前を書いた鉢巻きを締めたファンが大声を張り上げて声援を送っていた。
もちろん、唯香や綾乃にも。
彼らは彼女たちと話をしたこともないのに、あんなに一生懸命応援しているのだ。そう思うと、自分がすごく恵まれた環境にいるように思えてくる。
唯香の歌はアップテンポのノリのいいものだった。健康的な元気さが売りの唯香にぴったりの曲だ。ついつい一緒に体を動かしたくなる。
それに対して、綾乃の曲はしっとりとした少女の情感を歌った曲だった。思わず聴き惚れてしまう。
囁くように歌う箇所では、綾乃の声が僕の中に入り込んで心を揺さぶる。やっぱり綾乃の歌唱力はすごいんだ、としみじみ思った。
綾乃が歌い終わると、再び全員がステージに並んだ。そして、発表を待つ。そのあいだ、会場はシンと静まり返った。
僕の部屋の中も同じだ。品田も岡村も正座して、神妙な顔つきでテレビ画面を見つめていた。
ノミネートされているひとりひとりの顔が画面に大映しになる。綾乃や唯香もさすがに緊張しているようだ。
「瀬戸綾乃!」
司会者が綾乃の名前を大声で呼んだ。
その瞬間、綾乃にスポットライトが当てられた。
パッと顔をあげた綾乃は、信じられないといったようにまわりを見回し、そんな綾乃に唯香が笑顔で抱き付き、祝福した。
僕たちもテレビの前で歓声をあげた。
いままでも、毎年CDグランプリを観ていたし、その年その年、応援しているアイドルがいたが、こんなふうに感激したのは初めてだった。
明光学園に入学してよかった、といまさらながらに思った。
しかし、次の瞬間、僕たちはテレビ画面に釘付けになってしまった。
「おい、あれ」
感激で涙を浮かべている綾乃に花束をあげるためにステージにあがった男を見て、僕と品田、岡村の三人は一斉に驚きの声を張り上げた。
「あ! あいつ!」
「宝条瞬やんけ」
それは僕らと同じ明光学園に通う男子生徒である宝条瞬だった。
同じ明光学園といっても、僕や品田や岡村よりも、段然、綾乃や唯香寄りだ。つまり宝条は芸能活動をしていて、かなり人気があるのだ。
入学式の日に女子生徒に囲まれていた宝条の姿が思い出された。
そう、僕はあんまり興味がないから目に付かないだけで、明光学園には女性アイドルと同じぐらいの比率で男性アイドルも通っているのだ。
「どうして、宝条が綾乃さんに花をあげるわけ?」
別に答えが欲しくて誰かに問い掛けたわけじゃなかった。でも、事情通の岡村はちゃんと答えてくれる。
「そりゃあ、一月から始まるドラマであいつらが共演しているからだろうな」
「ほんまか? 綾乃ちゃんと宝条が共演ねえ。明光学園の同級生としては、喜んでええもんか悪いもんか……」
「そりゃあ、悪いだろう」
「ま、そうやな。なんか悔しいもんな」
ふたりのやり取りを聞きながらも、僕の目はテレビ画面に釘付けだった。
綾乃は涙を拭いながら嬉しそうな笑みを浮かべて、宝条から花束を受け取っていた。
光り輝いていた。綾乃だけじゃなくって宝条も。
このふたりは、僕とは住む世界が違うっていうことが痛いほど感じられた。
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