羽左 第 6 話 羽右 <3年生>

今年もクリスマスパーティーは行なわれた。

ただ主催は二年生の手に渡っていて、受験を控えた三年生の出席率はかなり低かった。とはいっても僕の他に品田も岡村もあたりまえのように出席していたが……。

会場は去年と同じクラブを借りきって行なわれていた。相変わらず業界のパーティーっぽい雰囲気だ。と言っても、本物の業界パーティーには参加したことはないんだけど。

不意に入口の方がざわめいたので、僕たちは一斉にそっちを向いた。誰か注目を集める人物が到着したのだ。

それは瀬戸綾乃か観月唯香か……と思ったが、人込みの中から現われたのは一年に在学中の女の子だった。

 彼女はまるでステージ衣装のような派手なドレスを着ていた。

「あの娘も芸能活動しているわけ?」

こういうときは岡村に訊ねるに限る。

「なんだ、知らないのか? 彼女はちょっと前に鳴りもの入りでデビューした大型新人だよ。いきなりドラマに主演で、その主題歌も自分で歌ってるんだ。事務所もかなり力を入れてるみたいで、ポスト瀬戸綾乃の一番手なんだぜ」

会場中の男たちがその娘に熱い視線を送っている。

その姿は去年、綾乃のドレスアップした姿にときめいていた自分たちの姿にオーバーラップした。

僕たちは確実に歳をとっていっている。なんだか切ない気分だった。

僕はテーブルの上に置かれたグラスを手にとって、コーラを飲み干した。甘くて苦い味が口の中に残る。

誰かが僕たちの方に向かって歩いて来る気配に顔を上げた。桜井美奈子だ。

美奈子は僕を見て一瞬躊躇したように視線を逸らしたが、すぐにまた僕の横まで来て、小声で残念そうに囁いた。

「綾乃ちゃんは今日は来られないって」

たぶん無理だろうとは思っていたが、それでもやっぱりがっかりした。

復帰以来、綾乃は休んでいた時間を取り戻そうとするかのように精力的にスケジュールをこなしていて、学校にはほとんど出てこれなくなっていた。

不意に会場がドッと沸いた。ステージに一年生の男子がふたり駆け上がって漫才を始めたようだ。

彼らも芸能事務所に所属しているのか、なかなかの盛り上がりだ。テンポも悪くない。あちこちから笑い声が起こっている。

そう言えば、去年この会場で演奏していたバンドは、そのあと何回かテレビに出演したものの、いまではまったく名前も聞かなくなっていた。

芸能界で成功するっていうのはとても大変なことなんだろう。やはり綾乃は幸せなんだろうか。

「ねえ、相原君……ねえってば」

美奈子が僕の袖を引いた。

さっきから呼ばれていたようだ。僕はまたぼんやりしていた。

「なに?」

「……ちょっと外の空気を吸いにいかない?」 気分が悪くなったのか、美奈子はそう言った。顔色も悪いようだ。

言われてみれば、確かにすごい人いきれだ。暖房も効き過ぎているようで、ちょっと動くと汗ばんでしまいそうなほどだった。

「いいよ」

ステージ上では、さっきの漫才コンビが額から汗を滴らせながら、まだ馬鹿な話で会場を沸かせ続けていた。

一旦廊下に出てガラスドアを押し開けた僕たちを、十二月の冷たい空気が一気に包みこんだ。

気持ち良かった。ビルの七階のせいか、風が強いが、火照った体には心地いい。全身が引き締まる感じだ。

喧騒を足元に聞きながらベランダから見る夜景も、空気が澄んでいるからか、とてもきれいだ。

「気持ちいいぃ」

美奈子は大きく伸びをして深呼吸した。その横で僕も真似した。

「桜井さん、こんな時期にパーティーになんか来てて、受験勉強は平気なの?」

僕なんかと違って、アナウンサーを目指している美奈子が受験する大学はすごい難関だった。

年末年始は追い込みで、余分な時間なんて全然ないはずなのだ。

「うん、いいの。受験勉強よりも、こっちの方が大切なことだから」

「ふ〜ん」

僕は手擦りに体を預けて、また遠くを見た。綾乃はいまごろなにをしているんだろう、とふと考えた。

照明を浴びて演技をしているのだろうか、それとも待ち時間で誰かに手紙を書いていたりするんだろうか?

「またぼんやりしてるぅ」

美奈子の声に僕は遠くの方を見たまま応えた。

「そんなことないよ」

「嘘よ。綾乃ちゃんのこと考えてたんでしょ?」

僕は一瞬、ドキッとして振り返り、美奈子と見つめ合った。冷やかしているわけじゃない。美奈子は真剣な顔をしていた。

「綾乃ちゃんのことが好きなの?」

美奈子にそう訊ねられて僕は、なんて答えたものだろうかと迷った。

明光学園に入学する前から、僕は綾乃のファンだった。だけどこの三年間で、なにかが変わった。

単なるファンだったときには感じない切ない思いを綾乃に感じるようになっていた。その感情は……。

「うん。好きだよ。むちゃくちゃ好きなんだ」

僕がそう言うと、思いつめたようだった美奈子の表情がパッと明かるくなった。

「私は相原君が好き」

突然のことで僕はどんな反応をしていいのかわからなくて、その場で馬鹿みたいに口をポカーンと開けていた。

「でも、いいの。ひょっとしたら相原君も私のことを好きになってくれるかなあって思っちゃって……。そしたら、なんか勉強に手がつかなくて……。今日は気持ちを打ち明けたくてきたの」

「桜井さん……」

「あー、すっきりした。これだけ力強く、瀬戸さんのことが好きだって言われたらあきらめもつくってものよ」

今日、最初に会ったときから美奈子は様子が変だったが、いまはいつものような明かるさを取り戻していた。

「……ごめん」

「あやまらないで」

僕があやまると美奈子は急に顔を背け、封筒を差し出した。

「綾乃ちゃんから頼まれたの。品田くんたちと一緒に来てほしいって。CDグランプリの入場券。今年も綾乃ちゃんと唯香ちゃんがノミネートされてるから、みんなで応援しに行ってあげて」

「……桜井さんは?」

「私はさすがに大晦日まで遊んでいるわけにはいかないわ。綾乃ちゃんたちが一生懸命頑張ってるんだもん、私も自分の夢に向かって頑張って、なんとしても受験を成功させなくちゃ」

「でも、僕だって一応受験生なんだけど……」

顔を背けたまま美奈子は笑った。

「相原君は応援してあげなくちゃだめでしょ。綾乃ちゃん、言ってたわよ。今年のCDグランプリは是非、相原君に見に来てもらいたいって」

「……うん、わかった。ありがとう、桜井さん」

僕が封筒を受け取ると、美奈子は小走りにパーティー会場の中に消えていった。






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