羽左
第 3 話
羽右

入学して二ヶ月近く経ったけど、芸能活動をしている女の子たちは忙しくて、あんまり一緒に遊ぶ機会もなくて、ちょっと物足りないなと思っていると、品田浩二が思い切った行動に出た。

「おい、今度の日曜日に遊園地へ行くでえ」

品田がニヤニヤ笑いながら僕にそんなことを言った。

「急に言われても……。それに男同士で遊園地に行ってどうするんだよ?」

「へへ〜ん、それが違うんやあ。瀬戸綾乃や観月唯香なんかも一緒やねんで。駄目元で声をかけたら、偶然みんなその日はオフやったらしくてな。でも、都合が悪いんやったらええねんで。わいと岡村でエスコートするさかいに」

「品田!」

僕は無意識のうちに品田を抱きしめて、熱いキスの雨を降らせていた。

いままでどうしてこんな馬鹿なやつと付き合っているのかと思い悩むことはあったが、やっぱりこいつを信じててよかった。

「放せ……こら、放さんかい」

品田がもがき苦しむのも構わずに、僕は抱きしめ続けた。ふと気がつくと、クラスの女子の冷たい視線が……。

でもまあ、それぐらいどうってことはない。まさに夢のような出来事なんだから。



当日の参加者は、瀬戸綾乃、観月唯香、桜井美奈子、品田浩二、岡村幸雄、そして僕という面子だった。

もうひとり品田の所属する吉○新喜劇同好会(なつかしのギャグをみんなで練習しているらしいが、その実体は定かではない)の桃園果菜という女の子も誘ったらしいが、テレビのバラエティー番組の仕事があるからと断わられたらしい。

まあ、いまをときめくスーパーアイドルの瀬戸綾乃と観月唯香のふたりと一緒に遊園地で遊ぶっていうだけで僕は大満足だ。

なにしろ、このふたりは六月に揃ってニューシングルをリリースし、いきなりのヒットチャートのトップ1とトップ2の座をキープしているんだから。

考えてみたら、すごいことなんだ。

でも、当然のことだけど、綾乃も唯香も普段は普通の女の子だ。

久しぶりのオフでハイになっている綾乃と唯香はキャーキャーと大騒ぎ、あまりのハイテンションに美奈子をはじめ、僕たち男性陣もタジタジといった感じだ。

でも、一応、帽子を深く被ってたりして、素性がバレないように気を配っているのが、大変そうだなって気がする。

「ねえ、相原君、今度はあれに乗ろうよ」

唯香は無雑作に僕の手をつかんだ。

その親しげな行為に、一瞬、僕は心臓が止まりそうにドキンとしてしまうが、唯香の態度は僕を異性として全然意識してないからなんだ。

さらにそれだけじゃなく、絶叫系の乗り物が苦手だと僕が告白したものだから、そんな僕をジェットコースターに乗せて怖がらせようという悪魔的な思い付きに夢中になっているのだった。

唯香のキラキラ輝く目がそのことを如実に物語っている。

やっぱり可愛い女の子は残酷だ。なす術もなく僕はジェットコースターに乗せられて、上からバーでしっかりと固定されてしまった。

「途中で両手をあげなきゃだめよ」

ニッコリと微笑みかける唯香は信じられないほど可愛い。それがこんな状況でなければ、僕の心はときめいていたことだろうが、すでに鼓動がバクバクいっている状態だったので、あんまり関係なかった。

そして、すぐにジェットコースターが動き始めた。

「あれ〜!」

落下の恐怖心を紛らわせるために、僕は町娘のような悲鳴をあげてみたが、そんなものを打ち消してしまうほどの大きさで、唯香は悲鳴をあげるのだった。

絶叫系は内臓にくる。目が回る。ようやく地面に降り立ったときには、僕はまともに歩けない状態だ。

よろよろと柵に寄りかかった僕を気遣うように声をかけてくれたのは、綾乃だった。

「和也君、だいじょうぶ?」

「うん、だいじょうぶさ」

ああ、やっぱり君は天使だ。そう思って顔をあげると、やっぱり綾乃の目も残酷な思い付きにキラキラと輝いているのだった。

「じゃあ、今度はあれに乗ろうよ!」

スカイ・カーペット……。

僕は完全にグロッキー状態になってしまったが、それでも横に綾乃が座ってて、キャーキャーと子供のようにはしゃいだ声を張り上げているのはなんだか幸せな気分だった。
だけど、いくら気持ちが幸せでも体がついていかない……。

「ちょっと休みましょうか?」

青い顔をしている僕のあまりのダメージぶりを見かねた美奈子がそう提案してくれた。

やっぱり信じられるのは美奈子だけだ。

同い歳だとは思えない。若いのに人間がよくできている。素晴らしい。女神さまだ。養子にしてもらいたい。

「じゃあ、お弁当タイムにしましょ」

綾乃がリュックを開けて、大きな包みを取り出した。

「みんなのぶんも作ってきたの。こう見えても私、なかなか料理がうまいのよ」

「そうそう。この前の『台所ですよ』にゲスト出演したのを見たけど、たいしたもんだったよね。あの小堺マチャミがベタ褒めだったもんな」

岡村の相変わらずの情報通ぶりに、みんながどっと笑った。

しかし、岡村はみんながなぜ笑っているのかわからないようだ。

でも僕は、とりあえず笑って気分がよくなった。

スーパーアイドル・瀬戸綾乃の手作り弁当を食べられるなんて、こんな機会はそうそうあるもんじゃない。ちゃんと味わって食べなくちゃ。

「あそこで食お」

品田が広場に向かって駆け出し、準備万端といったようにビニールシートをひろげた。

「見晴らしもいいわね」

唯香がまわりを見回した。

 高台になるために、遊園地全体が見渡せる、絶好のお弁当ポイントだった。

お弁当を作ってきたのは綾乃だけじゃなかった。「実は……」と控え目に美奈子もお弁当箱をカバンの中からいくつも取り出し、ビニールシートの上に並べた。

「うわあ、おいしそう!」

と言って最初に手を出したのは唯香だった。当然ながら、唯香は食べるの専門。彼女は自分で作って来ようなんて思うわけない。

 でも、そのおいしそうな食べっぷりは、かなりのものだ。

「ほんま、唯香ちゃんは旨そうに食うなあ。松谷修造の次の『いやしん坊』は、女性タレント初の観月唯香で決まりやで」

品田にそんなことを言われ、右手に鳥の唐揚げ、左手におにぎりを持ったまま、唯香はふくれてみせた。というか、口の中いっぱいに頬ばっていたために、ふくれているように見えただけかもしれないけど。

とにかく僕らは大受けだった。特に綾乃は笑い過ぎて涙を流していたほどだ。

 岡村の業界裏情報によると、実は本当に出演のオファーがあったらしいのだ。でも、さすがにアイドルとしてのイメージがあって断わったらしいが……。

ある程度満腹なると、まわりの景色を楽しむ余裕が出てきて、なにげなく遠くを見ていた岡村がボソッと言った。

「あれってさ、ひょっとしてバンジージャンプじゃない?」

「あ、ほんとだ! おもしろそう!」

新しいオモチャを手に入れた子供のように目をギラギラさせながら、唯香が指差した。いやな予感……。

「へえ〜、そんなのもあるのね」

綾乃まで目をギラギラ。さらにいやな予感……。しかし、話は意外な方向に進んでいった。

「なんかの撮影をしているみたいね」

美奈子が言った。よく見ると、確かにジャンプ台の上に大きなテレビカメラを担いだ人がいる。

「あのマイクを持ってるのはピースたかしだね。じゃあ、たぶん『大笑いウルトラスーパーグレートスペシャルクイズ』じゃないかな? 毎回、若手タレントにクイズを出して、正解できなかったらいろんな罰ゲームをやらせるっていう……」

手帳をパラパラとめくりながら岡村が分析してみせた。アイドルだけじゃなくて、テレビ番組にも詳しいらしい。

「あッ、あれ、桃園果菜ちゃうか?」

品田が驚いたように声を張り上げた。

ジャンプ台の上でオーバーリアクションで怖がって見せているのは、品田と同じ吉○新喜劇同好会の桃園果菜だ。

確かにアイドルでありながら汚れ系の仕事が多い果菜なら『大笑いウルトラスーパーグレートスペシャルクイズ』に出ててもおかしくない。

憐れに両手を擦り合わせてピースたかしに懇願したり、思い切って飛び降りようとジャンプ台に向かって走りだして寸前で柵にしがみついたり、果菜の行動にあちこちで笑い声が起こった。

でも、その怖がりようは嘘じゃないんじゃないだろうか? 僕なんか、こんなに離れたところから見てても足がすくみそうなんだから。

「あいつ、仕事があるからって言うてたんは、これのことやったんか」

品田が誰に言うでもなくつぶやいた。

僕たちは綾乃と美奈子の手作り弁当を食べるのも忘れて、果菜の一挙手一投足に注目した。

僕なんかが見てるとかわいそうだなと思ってしまうが、それは芸人(アイドル?)にとってはおいしいことなのだろう。

あちこちで悲鳴があがった。

すぐ横でも約三名(綾乃・唯香・美奈子)が悲鳴をあげた。

果菜が飛び降りたのだ。僕は無意識のうちに拳をきつく握り締めていた。

下まで落ちると、ゴムの反動で上に跳ね上げられて、また落ちて上がってということを何回か繰り返して、果菜は宙ぶらりんで止まった。

「ふう〜」

綾乃や唯香をはじめ、みんな一斉にため息をついた。それに続いて、今度は遊園地中のあちこちから拍手が起こった。

もちろん僕らも拍手をした。

その拍手に、果菜は宙ぶらりんになったまま顔の横で両手を振って応えた。

「アイドルも大変やあ」

品田がつぶやき、僕たちはまったくだと同意して、再び綾乃と美奈子の手作り弁当に手を伸ばした。

でも、テレビの収録現場を見て仕事のことを思い出したのか、綾乃と唯香はさっきまでよりも少し元気がなくなったみたいだった。

せっかくみんなで打ち解け始めたのに……、と思っていると、もっとひどい状況になってしまった。

「あれって、瀬戸綾乃じゃない?」

という声が聞こえてきたのだ。

綾乃は帽子を目深に被っていたが、それでも気がつかれてしまったらしい。

 ひとりが気づくと、他の人たちも次々と綾乃に注目し始めた。

そんなことは全然気にしてない様子で綾乃はお弁当を食べ続けていたが、いつの間にか、僕たちのまわりには人だかりができてしまっていた。

「ほらほら、一緒にいるのは観月唯香だよ」

「ほんとだ」

ついには唯香まで気づかれてしまった。唯香は小さくため息をついた。

みんな遠巻きに見つめているが、その中のひとりが一歩足を踏み出せば一気に押し寄せて来そうな気配だ。

「ごめんね、みんな」

綾乃が寂しそうに言った。

これ以上知らん顔をし続けることはできそうもない。

「平気よ、綾乃ちゃん。でも、ちょっとここから移動した方がいいみたいね」

美奈子が小声で囁いた。

大急ぎでお弁当を片付けて、僕たちは立ち上がった。

人垣にざわめきがひろがった。

ぐるりと囲まれているために、その中を突っ切るしかない。

「ほな、わいらがガードするから、綾乃ちゃんと唯香ちゃんは中に入れや。美奈子ちゃんも一応、中に入った方がええで」

こういうときには品田は頼りになる。関西弁も、なんだか緊張感を和らげてくれるし……。

そして、中央突破だ。

「すんまへ〜ん、道を開けてくださ〜い。すみまへ〜ん、通してくださ〜い」

品田は声を張り上げながら、野次馬を押し退けながら進んだ。

まわりからは「あやのー!」「ゆかー!」と絶叫する声が聞こえる。

はっきり言って怖い。

ぎゅうぎゅう押されて、実際の痛みもかなりのものだった。

テレビのワイドショーなんかではよく見かける光景だが、こうやって進むのにはかなり勇気が必要だった。

でも、僕の腕をしっかりつかんでいる綾乃の存在が僕に勇気を与えてくれた。

やっとのことで野次馬を振り切って遊園地から逃げ出した僕たちは、ぐったりとその場に腰を下ろした。

「ごめんね、みんな。私のせいで……」

綾乃は僕たちに向かって頭を下げた。一番悲しいのは綾乃のはずなのに……。

「なに言ってんだよ。なかなか貴重な体験をさせてもらって、興味深かったよ。ああいうのは、一般人はなかなか経験できないからね。なんか俺たちまでスターになった気分だったよ」

岡村がすかさずフォローした。

「そやそや。綾乃はなんも悪いことあらへんがな」

「そうよ。私なんか、かえって悔しいぐらいよ。さっきの野次馬の中で、私のことに気がついてた人なんてほとんどいないんだもん。失礼しちゃうわ。私ももうちょっと頑張っていかなあかんなあって」

唯香が品田の真似をして変な関西弁を使ってみせたせいで、綾乃がクスッと笑った。

僕もなにか言おうと思ったが、適当な言葉が思い浮かばなかった。

ただ、一瞬だけ見つめ合った綾乃は、「わかってる。ありがとう」と目で言ってくれたように思えた。

でも、まだ昼過ぎだというのに、遊園地にもどることはできない。

仕方なく、僕たちはそのあとカラオケボックスに行って何時間も歌い続けた。

といってもほとんど唯香のワンマンショーだったんだけど……。





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