羽左
第 2 話
羽右

学園生活は、始まってしまえば、ごく普通だった。芸能コースがあるからといって、僕には全然関係ない。

ただ、テレビでよく見かける女の子が廊下を歩いていたり、仕事のために遅刻したり早退したりする生徒がたまにいるぐらいだ。

それでも瀬戸綾乃と同じクラスであるということには、いまだに実感がわかなかった。

というのも、綾乃はドラマの収録やテレビ出演、レコーディングと大忙しで、朝から夕方まで一日ずっと学校にいるということはほとんどなかったからだ。

それでも彼女は笑顔を絶やさなくて、とても気さくにクラスメートに接するために、男女問わずクラスの誰からも好意を抱かれているようだ。

 まさしく生まれついてのアイドルという気がする。

「ナチュラル・ボーン・アイドル……」

「え? なに?」

つい出てしまったひとりごとに、隣の席で授業を受けていた桜井美奈子が驚いて顔を上げた。長い髪がさわっと揺れた。

それでなくても大きな瞳を見開いて僕を見つめるものだから、その迫力に押されて僕はモゴモゴと口篭もってしまう。

「なんでもないよ……」

「変なの?」

美奈子は肩をすくめるようにして、クスッと笑ってみせた。帰国子女らしく、欧米風の動作が染み付いている。

下手なテレビタレントよりもよっぽど華があるけど、彼女は芸能活動には興味はないらしい。

「おい、そこ、授業を聞いてるのか? 桜井、この文章を現代語訳してみろ」

美奈子は教室の前に進み、黒板に書かれた古文を簡単に訳してしまった。

教室にどよめきが走り、先生はバツが悪そうに顔をしかめた。

席に着くと美奈子は僕を見て首をすくめ、ペロりと舌を出した。

成績抜群の頭脳と真面目そうなルックスに似合わず、そういった動作が自然と出るところが不思議な魅力だ。


授業が終わって廊下に出ると、いきなり品田が僕にヘッドロックをかけてきた。

「おい、さっきは美奈子ちゃんとなに話してたんや?」

「たいした話はしてないよ」

それは本当だった。

本当に「え? なに?」「なんでもないよ……」「変なの?」しか話してないんだから。

それでも品田は僕と美奈子のあいだを勝手に疑って勝手に妬いているらしく、ギュッギュッとヘッドロックを締め上げ続ける。

「そんなわけあるかい。正直に言えや」

「放せよ」

しつこく締め上げられて、いいかげんうんざりして力を込めて振り払うと、勢い余って廊下に倒れ込み、したたか打ち付けた膝を押さえて、僕はその場にうずくまってしまった。

「ううッ……」

すぐ横では、品田の笑い声が聞こえる。

大袈裟にしているだけだと思っているんだろうが、この痛みは冗談なんかじゃないんだけどなあ。

品田に対する怨み節を口の中でつぶやきながら、廊下にうずくまったまま顔をあげると、ミニスカートの下からすらりと伸びた長い足が目に飛び込んで来た。

そのあまりのきれいさに、僕は思わず見惚れてしまっていた。

そのままゆっくりと視線を上にあげていくと、ハーフっぽい顔立ちの女の子と目があった。

「ふんッ」

彼女は軽蔑したとでもいうようにソッポを向くと、そのままスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。

エッチな男だと思われてしまったようだ。ああ、なんてこった……。

それにしても、きれいな足だった。

「彼女も芸能人なのかな……」

そうひとりごとをつぶやくと、すかさず横から岡村のフォローが入った。

「当然だろ。あんなにスタイルのいい一般人がいるもんか。これを見てみろよ」

そう言って岡村が差し出したのはファッション雑誌だった。

そして、その表紙に出ているのが、さっきの女の子だ。

「橘涼子っていうんだ。ファッション誌でのモデルが主な活動だけど、将来的には女優を目指しているっていう噂だな。ただちょっと高ビーなところがあって、一般受けはイマイチかな。そこさえクリアしたら、大化けするかもしれないんだけどな」

「アイドルに関しては本当に詳しいんだなあ。でも、こんな雑誌、いっつも持ち歩いてんの?」

「まあね。アイドルこそが俺の生き甲斐なんでね」

岡村は遠くを見るような目をしながら、実際に遠くを見た。

生きがいというものは人の数だけあるんだなあ、と僕はしみじみと思った。





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