羽左 第 5 話 羽右 <2年生>

学校からの帰り道、不意に立ち止まると、岡村はカバンから手帳を取り出してのぞき込んだ。

「ああ、やっぱり今日だったか……。ちょっと、あっち側まわって帰ろうよ」

「えー、遠回りになるよ」

「いやなら、いいんだよ。せっかくいいもの見せてやろうと思ったのに。俺だけで行くからいいよ」

そう言われると、付き合わないわけにはいかない。なにしろ岡村の手帳には、一般人が知り得ない情報がビッチリ書き込まれているんだから。

自分から誘ったくせに、僕をまこうとするかのように突然駆けだしたり、物陰に隠れたりを繰り返す岡村をピッタリ尾行してたどり着いた先は、高層ビルが林立するオフィス街だった。

こんな場所にどんな面白いものがあるっていうんだ? そう訊ねようと思ったとき、

「お、やってる、やってる」

と岡村は満足そうな声を出した。その視線の先には、大勢の人だかりがあった。

「なにをやってるんだろう?」

「見てわからなきゃ、聞いてもまかりませ〜んってな。ロケだよ、ロケ。今日、瀬戸綾乃主演のドラマのロケをここでやるっていう情報をゲットしてたんで、おまえを連れてきてやったんだよ。感謝しろよ」

岡村の話を聞きながらも、僕の心はもう人だかりに向こう側にあった。

そういえば僕は明光学園に入学する以前から綾乃のファンだったが、コンサートにも行ったことはなかったし、彼女がアイドル瀬戸綾乃である瞬間を生で見たことはなかった。

僕が見るのはいつも素顔の、女子高生・瀬戸綾乃なのだった。

野次馬を掻き分けて顔を出すと、いきなり綾乃の姿があった。制服を着ているが、それは明光のものじゃない。ドラマの中の学校のものなのだろう。

制服姿で退屈そうにカバンを振りながら歩いている綾乃を、同じように制服姿の男が呼び止めるというシーンのようだった。

そして、その呼び止める男というのが、宝条瞬なのだった。

年明けから始まったドラマの共演が大人気だったせいで、また今度のドラマでもふたりが共演することになったらしい。

製作者サイドの話題づくりなのか、そんなふたりが付き合っているというような噂も流れていて、瀬戸綾乃のファンたちには、このツーショットはできれば見たくないものに違いない。

でも、悔しいけど確かにこのふたりは画になる。

退屈そうに歩いている綾乃が、声をかけられて何気なく振り向くと、すぐ近くにいる宝条を見つけてパッと表情を明かるくするシーンは、本当にまわりが明かるくなったように感じられる。

そのワンカットを、いろんなテイクで何回も何回も繰り返すのだが、その度、綾乃は宝条を見つけて、パッとうれしそうに微笑む。ほんの短いカットなのに、一時間近くもかけて撮影している。

野次馬と同化した僕は地面に座り込んでじっと見ていたが、そのうちだんだんつらくなってきた。

綾乃がやっていることは華やかに見えて、実はこんなにも大変なのかという思いと、宝条を見つけて嬉しそうに表情を輝かせる綾乃を繰り返し見せつけられることがつらいという、その両方だ。

「もう行こう」

熱心にメモを取りながら見ている岡村に声をかけて僕が立ち上がると、綾乃がこっちに視線を向けた。

ずっと気がついていたのか、いま初めて気がついたのか。でも、その表情がパッと輝くことはなかった。

まあ、ドラマでもないんだし……、と僕は自分を慰め、綾乃に小さく手を振って、再び野次馬を押し退けて輪の外へ出た。






このページはIE4.0以上を推奨しています。
c 2000 hunex c 2000 D3PUBLISHER