縁日に行こう、と言い出したのは品田だった。
よし行こう、と同意したのは岡村だった。
ふたりのその会話が交わされた場所は、なぜか僕の家。そして、僕も当然のことのように付き合わされた。
でも、その方がよかった。暇人の品田と岡村は、夏休みに入ってから、毎日のように僕の家に遊びにきて、ゲームをしたり、テレビを観たり、一日中ゴロゴロしているのだ。
まったく迷惑なやつらだ。
一緒に縁日に出掛けて、そのまままいてやろうと僕は思っていた。でも、僕のその計画はすぐに変更になった。
なんということか、怖いもの知らずの品田が観月唯香の家に電話をかけて、縁日に行こうと誘ったのだ。
忙しい唯香がまさか家にいるわけない、いても品田に誘われて出てくるわけない、と思っていたら、信じられないことに、唯香はやって来た。しかも、浴衣姿で!
「似合う?」
しなを作りながら訊ねる唯香に僕たちは黙ってうなずいた。
ショートカットでボーイッシュな唯香に浴衣が似合っているのかどうかは定かじゃないけど、信じられないくらい可愛いというのは事実だった。
「いやだ、見惚れないでよ」
唯香はうれしそうに言いながらさっさと神社の方へと歩き始めた。照れ隠しなのだ。
自分で言っておいて、耳たぶを真っ赤にしている。そういうところがまた男心をくすぐるのだろう。
唯香の下駄がたてるカランコロンという硬い音のあとを、僕たちはぞろぞろと歩いていった。
「うわあ、可愛いぃ」
なにかちょっとでも興味のあるものを見つけると、唯香は僕たちの存在を忘れてしまったように駆け出していく。
僕たちの存在だけじゃなく、唯香はまわりの目なんて全然気にしない。
いまをときめくトップアイドルがいきなり目の前に現われて驚いている少年少女たちにも気さくに微笑みかけ、唯香は誰とでもすぐに友だちになってしまうのだ。
ヨーヨー釣り、射的、わた飴、りんご飴、輪投げ、etc.……縁日の定番をすべて制覇すると、唯香は「あ、忘れてた」といった様子で手を叩いた。
「ねえ、花火しようよ! 岡村君、買ってきて」
唯香にニッコリ微笑まれると、誰も断われない。岡村はまるでパシリのように花火を買いに走った。
残された僕と品田はすぐにまた、浴衣の袖をまくって金魚すくいに熱中している唯香の横顔に見惚れてしまっていた。
黙っていると唯香は、まるで作り物のように美しかった。
その美しさはちょっと近寄りがたいほどで、がらっぱちな言動があって、やっと均衡が保たれているといった感じだ。
そこに近所のコンビニで買った花火を抱えて、息せき切って岡村が戻ってきた。普段のシニカルな岡村からは想像もできない従順さだ。
はあはあと荒い息を吐いている岡村の喉を「よ〜し、よしよし」と優しく擦ってやり……というのは比喩だが、唯香はそういう行為をイメージさせるように岡村を優しくねぎらってやった。
「ありがとう」と微笑みかけられたときの岡村の満足そうな顔といったらない。
もし訊ねれば、きっと岡村はどんなにうれしかったかということを興奮した口調で細かくしゃべり始めることだろうが、あえて訊かない。訊いたってしょうがないもの。
でも、そのときの岡村の気持ちは、あとできっと手帳に恐ろしく詳しく書き記されることだろう。
花火を受け取ると縁日から離れた駐車場まで駆けて行き、子供のような無邪気さでビニール袋を破り捨て、唯香はライターで火をつけた。
一応、念のために言っておくと、そのライターは岡村が花火と一緒に買ってきたものだ。
火薬の匂いが鼻をつき、とたんに辺りは青白い光に包まれた。
「うわあ、きれい!」
感嘆の声を漏らす唯香。確かに花火はきれいだ。でも、その青白い光に照らされて、瞳を大きく見開いている唯香の方がもっときれいだった。
「みんな、ぼやっとしてないで! 花火はまだまだいっぱいあるよ!」
言われるまま、僕たちは花火を手にして、火をつけた。
何本もの花火から噴き出る炎に、まわりは昼間よりも明かるくなった。みんな目がキラキラと光っている。
しばらくみんな無言で花火を見つめていた。
「なんか、いやな予感せえへんか?」
品田が心配そうに囁いた。実は僕もそんな予感がしていたのだ。さっきから唯香はおとなし過ぎる。なにか企んでいるんじゃないだろうか?
そのとき、窺うように唯香は視線を上げた。反射的に僕と品田は飛びすさったが、岡村だけはかわいそうに逃げ遅れて、花火の洗礼を浴びてしまった。
一応は火傷をさせてはいけないと考える優しさは持っているらしく、唯香は上に向けて火花が降り注ぐようにするものの、驚いた岡村は悲鳴をあげて逃げ始めた。
しかし、その憐れな逃げ方がまた唯香のイタズラ心に火をつけるのだ。唯香は楽しそうに笑いながら、かわいそうな獲物を追いかけ回した。
そして、やがてその矛先は品田へ。
「やめろ! アホ!」
品田が応戦するも、唯香は両手に花火をかざして返り討ちにして、返す刀で僕に襲いかかる。
大勢の人達が遠巻きに、アイドル観月唯香とたわむれる僕たちをうらやましそうに見ている。僕たちは命掛けだというのに……。
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