太陽の光がジリジリと僕の肌を焼く。南の島はもう真夏だった。
なぜ僕が南の島にいるかというと、それは修学旅行だからだ。
明光学園の修学旅行は、毎年沖縄に来るのが定例になっていた。最近の芸能界で活躍しているアイドルに沖縄出身者が多いということが関係しているのかどうかは知らないけど……。
名所旧跡を観光してまわるのも楽しいが、なんといっても楽しいのは自由時間だ。僕たちは当然のことのように海へと繰り出した。
沖縄のきれいな海で泳ぎたい。そういう気持ちも確かにあったが、僕の本当の気持ちは違うところにあった。
自由時間になればクラス分けは関係ないのだ。だとしたら、瀬戸綾乃と一緒に遊ぶことができるかもしれない。
残念ながら観月唯香は仕事の都合で修学旅行には不参加だったから、かえってターゲットの選択に悩む必要もない。
僕はなんとか綾乃を見つけようと海岸をうろちょろし続けた。そして、僕のその思惑は現実のものとなった。
「綾乃……」
海岸まで来た僕は、打ち寄せて来る波と戯れるようにして楽しそうに笑っている綾乃を見つけることができた。
綾乃を見つけるのは簡単だった。彼女だけが他の女の子たちとは違って、まぶしいほどの光を発しているのだから。
クラスが別になって以来、学校よりもテレビや雑誌で見かけることの方が多くなってしまっていて、僕はずいぶんと寂しい思いをしていた。
なんとかこの自由時間に綾乃と一緒に海で遊べたら、と思っていたのだが、久しぶりに見る綾乃は同じ学校の生徒というよりは、トップアイドルという遠い存在のように思えた。
話し掛けても無視されるんじゃないだろうか? ひょっとしたら、僕のことなんてもう忘れてしまったかもしれない。このまま遠くから見ている方が僕にはふさわしいことのような気がする。
当初の目論見とは違って、怖じ気付いてしまう僕なのだった。
「和也く〜ん!」
しかし、そんな僕の心配なんて、ほんと、些細なことだった。僕の姿を見つけると、綾乃はうれしそうに手を振ってくれたのだった。まるで映画のワンシーンのようだ。
僕もそれに手をあげて応えた。
映画だったら、このまま駆け寄ってふたりは抱き合うんだろうなあ、途中で焚き火を飛び越えたりして、なんて考えていると、僕の両脇を擦り抜けて猛スピードで駆けて行く人影があった。
品田と岡村だ。
「抜け駆けは許さへんで!」
「右に同じ!」
「そりゃないよー!」
一瞬にして、コメディー映画になってしまった。
慌てて駆け出した僕は、何度も砂浜に足をとられて転倒し、綾乃のもとにたどり着くころには、全身砂まみれになってしまっていた。
でも、それは幸せなアクシデントだったと言えるかもしれない
「うわあ、和也君、砂まみれよ」
僕の全身の砂を洗い流すように、綾乃が海水を掛け始めたのだ。とっさに僕も「やったなあ」なんて言いながら、綾乃に水を掛けかえしていた。
まるで幸せな恋人同士みたいだ、と思ったのも束の間。またしても、品田と岡村が暴走して、大量に水掛け合戦になってしまった。
挙げ句の果てに、品田なんかはどこからかバケツを持ち出してきて、僕に海水を掛けまくり、それだけに飽き足らずに、恐れ多いことに綾乃にまで掛け始めたのだった。
「ああ、ひどーい!」
頭から海水をかぶせられた綾乃は悲鳴をあげて、品田の手からバケツを奪い取り、反対に大量の水を品田の頭からぶっ掛けた。
無様に逃げ惑い、水面に倒れ込んだりする品田を追いかけ回し、綾乃は楽しそうに笑った。
日頃、注目されることの多い綾乃は、学校にいてもどこか遠慮勝ちに見えたが、今日ばかりは久しぶりにハメを外しているという感じだ。
南国の抜けるような青空が綾乃の心に解放感を与えているのだろう。
僕はなんだか嬉しい気分で、はしゃぐ綾乃を見ていた……ら、いきなり今度はターゲットが僕に変更された。
正面から突き上げるようにバケツで海水を掛けられて、僕は大量に水を飲んで噎せ返った。
しかし、大袈裟にリアクションしているんだと思った綾乃は、さらに追い撃ちをかけるように何度も何度も水を掛け続けた。
それに品田と岡村が加勢する。その結果、僕は大量に海水を飲んで、苦しさのあまり意識を失いかけた。
その状態になって初めて綾乃は、自分がやり過ぎたと気がついたのだった。
「ごめんなさい……。和也君」
ぐったりとした僕を綾乃が抱き起こしてくれた。
激しく噎せ返りながらも、綾乃の膝に頭を乗せることができて僕は幸せだった。頬に綾乃の太股の感触を直接感じることができたのだから。
思えば、それがこの修学旅行の中で最高の思い出だった。
そして最低の思い出はといえば、綾乃に抱きかかえられている瀕死の僕に嫉妬した品田と岡村によって綾乃から引き剥がされて、再び海の中に叩きこまれたことだった。
すんでのところで僕は本当に溺死しかけ、それが大問題になり、挙げ句の果てには、そのあとの修学旅行の予定まで変更されてしまった。
「おまえたちは明光学園修学旅行史に残る汚点だ!」
と学年主任の先生は激昂したが、僕たちは「確かにその通りです」という気分だった。
その事件をきっかけに、品田と岡村にだけは絶対に心を許すまいと、僕は硬く誓ったのだった。
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