一年間なんて、あっという間だった。
そして僕は二年生になり、クラス替えの結果、瀬戸綾乃とは別のクラスになってしまった。初詣の効果なんて、まったくなかったわけだ。
入学式で綾乃と同じクラスだと知ったとき、ひょっとしたら彼女と特別親しい間柄になれるんじゃないだろうか、と夢のようなことを思い描いたが、それは当然のことながら夢でしかなかった。
何度か一緒に遊ぶことはできたが、それはいつも品田浩二や岡村幸雄といった悪友と一緒のグループデートでしかなかった。
結局そこからなんの発展性もなく、仕事が忙しい綾乃は学校を休みがちで、出てきても授業が終わるとすぐに帰ってしまい、ほとんど話を交わすこともできなくなっていた。
ただ、綾乃がテレビに出ない日はほとんどなかったから、以前よりもずっと彼女が身近になったような気がしていたが、それじゃあ、やっぱり物足りない。
新しい教室に移動した僕は、窓辺の席に座ってグラウンドを見下ろしていた。撮影現場を抜け出した綾乃が、ほんの短時間でも学校で過ごそうと駆けて来るような気がして。
でも、そんな彼女の姿を見つける前に、僕は背中に視線を感じた。
綾乃の視線? いや違う。なんか、お好み焼きの匂いがしてくるような視線だ。
「よお、また同じクラスやな」
「また一年間、いっしょだな」
振り返った先には、品田と岡村、悪友ふたりが並んで僕を見下ろしていた。
「……う、うん。こっちこそよろしく」
なんの因果か、またこのふたりと同じクラスなのだ。
でも、まあ、なんだかんだ言っても、自分と同じ境遇の人間が多いのはいいかもしれない。そう思うことにしよう。
そんなふたりの背後に、こちらは同じクラスになれたことがうれしい存在でもある桜井美奈子の姿もあった。
「相原君、元気ないじゃない。綾乃ちゃんも唯香ちゃんも別のクラスになっちゃって、寂しいんでしょ」
美奈子が僕の心を覗き見したかのようなことを言った。
あまりに適確な指摘にドキンとしたが、僕は平静を装って答えた。
「あれ? ふたりとも違うクラスなんだ?」
「しらじらしいのお」
三人が呆れたように僕を見下ろし、代表して品田が言った。確かに、ちょっとしらじらしかったかもしれない。
「美奈子おねえちゃん!」
そのとき、廊下の方から甲高い声が聞こえた。その方向には大勢の生徒たちが立ち話しているが、声の主は見えない。
気のせいかなと思っていると、他の生徒を押し退けるようにして、小柄な女の子が姿を現わした。
「ありすちゃん!」
そう声を張り上げたのは美奈子だった。
「おねえちゃん、お久しぶりですぅ~! きゃは! ありすもやっと明光の生徒になれました~!」
ありすと呼ばれた女の子は、まるでアニメの中から飛び出して来たような可愛い声で再会を懐かしんだ。
それにしても、なんだかすごく幼い感じの娘だ。とても高校生には見えない。
僕が大人になったから、一年下の生徒が幼く見えるだけなのだろうか? ううん、違う。この娘が特別に幼いのだ。
特にこの可愛らしい声。でも、どこかで聞き覚えがあるような……。
「あ、紹介するわね。私の中学のときの放送部の後輩の神楽ありすちゃん。彼女は知る人ぞ知る、声優界のトップアイドルなのよ」
あ、そうか。それで彼女の声に聞き覚えがあるんだ、と僕は納得した。
「神楽ありすですぅ。よろしく、お願いしまーす。でも、本名は鈴木恭子っていうんですよぉ。平凡なんで、あんまり好きじゃないんですぅ。だから、みなさんも『ありす』って呼んでくださいねぇ」
「お、おい、むちゃくちゃ可愛いやんけ」
品田が肘で僕を小突き、小声で囁いた。
確かに可愛いが、ちょっと幼すぎるような……。美奈子は次に僕たちをひとりずつ紹介していった。
ありすは大きな目を見開いて、いちいちうなずきながら聞き、「わーい、友だちがいっぱい増えちゃったぁ」と子供ように大ハシャギした。
いきなり友だちになってしまって僕は戸惑ったが、品田は大喜び。アニメ声と関西弁は、案外相性がいいのかもしれない。
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