「あ、あいつ……」
岡村が窓から外を見ながら険悪な声を出した。
「なんや? なんや? あ、ほんまや。あいつ……」
品田も同じように険悪な声を出した。つられて覗いた僕は、一瞬で全身がカーッと熱くなるのを感じた。
「宝条瞬じゃないか……」
「あいつ、瀬戸さんを引退に追い込んどいて、こんなバレンタイデーだけはちゃんと登校して来やがって……」
岡村は忌々しそうにつぶやいた。
あのスキャンダルは宝条には全然影響ないようで、彼は去年と同じように女子生徒たちのプレゼント責めに合わされていた。
僕はまだ義理チョコひとつもらっていないというのに……。
僕たちの刺すような視線を感じたのか、宝条が不意にこちらを見上げた。
「おおッ」
一瞬、ビビッたような声を漏らして、僕たちは一斉に体を起こした。その様子を見て、宝条は「ふんッ」と鼻で笑ってみせた。
こっちは三階なのに、その鼻息が聞こえてきそうなほど、馬鹿にしきったものだった。
「あの野郎ぉ〜」
「あのボケぇ〜」
「なんか、すごく腹が立ってきたよ〜」
僕たちは窓に張り付くようにして校庭を見下ろし、口々に怒りの言葉を吐き続けた。
「なに興奮してんのよ?」
背後からいきなり声をかけられて、僕たちは飛びあがらんばかりに驚いた。そこには観月唯香が立っていた。
芸能コースの女の子たちは、どうしても注目されるために、不必要に校内をうろつかないということもあって、クラスが違ってからは学校でもあんまり唯香と顔を合わすことはなかった。
「驚かさないでくれよぉ」
「情けない声出さないでよ」
唯香はそう言って笑った。
その笑顔からは、あの日――元旦の朝の弱々しさは少しも感じられなかった。
よかった、すっかり立ち直ったようだ。
「はい、バレンタインデー」
配給を待つ捕虜のように並んだ僕たちの手に、唯香は順番にチョコの箱を置いた。
「なんや、和也のだけ大きくないか?」
不満そうに言った品田をチラッと見て、唯香は僕に向き直り「そんなことないよねぇ」と同意を求めた。
明らかに僕の手に載せられたチョコの箱は大きかったが、僕はうなずくしかなかった。
「なんだか、怪しいなあ」
岡村は目を光らせて、いまにも取材メモを取り出しそうな気配だ。
そんなアマチュア取材記者にも笑顔を振りまきながら、唯香は
「三人とも義理チョコ渡したんだから、今年も仲よくしてね」
と言うと、小さく手を振って廊下へと駆け出して行った。
そのとき、他のふたりには気づかれないように、唯香は一瞬だけ僕に視線をよこした、ような気がした。
「なんやねん。おまえら、いつからそんな仲になったんや?」
僕の手に握られた一回り大きなチョコの箱を、品田は横目で恨めしそうに睨んだ。
「たまたまじゃないの? 三人とも義理だって言ってたし……」
そんなことを言いながらも、僕はうわの空だった。別れ際の唯香の視線が気になっていた。
「トイレに行ってくるよ」
そう言うと、品田たちの方も見ないで僕は教室から飛びだした。すると期待していた通り、そこには唯香が待っていてくれた。
「……あ、……チョコ、ありがとう」
「ううん、いいの。この前、なんか愚痴を聞いてもらっちゃって、悪かったよね」
「そんなことないよ」
夜明けの白々とした街の中で唯香が流した涙が思い出された。
「相原君って、なんでも聞いてくれそうだから、ついつい甘えちゃって……。それで迷惑かけたから、そのお詫びの意味もかねての義理チョコ。義理チョコだけど、一応、手作りなのよ。味わって食べてね」
唯香は「義理」というところを強調して繰り返した。ま、義理でもうれしいことはうれしいんだけど……。
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