年末のCDグランプリを一緒に見るのと同じように、どういうわけか初詣も恒例ということになってしまっていた。
去年、偶然バッタリ会った桜井美奈子と約束をしていた僕たちは、日付が変わるのを待って家を出た。
神社はまた今年も、一年間の寂しさを紛らわすかのように賑わっていて、すでに美奈子はその前で僕たちを待っていた。
でも最初、手を振られても僕は気がつかなかった。というのも美奈子は振り袖姿だったせいで全然印象が違ってしまっていたのだ。
馬子にも衣装という諺がある。馬子っていうのがなんのことなのかよくわからないが、いまの状況はきっとその諺に当てはまるんじゃないんだろうか。
美奈子の可愛さに、品田と岡村、それに僕を含めて三人は同時にため息をついていた。
「おめでとう!」
そんな僕たちに駆け寄って、美奈子は明かるく声をかけた。
晴れ着に見惚れていたものの、今年は僕たちもちゃんと「おめでとう!」と返すことができた。
綾乃の件もあって、去年ほどは浮かれた気分でもなかったのだ。
「唯香ちゃん、受賞したね」
美奈子は嬉しそうに言った。
彼女もテレビを見ていたようだ。ま、それも当然か。仲のいい友だちが、あんなふうに全国的に注目される場に立つんだから、そのテレビを見ない方がおかしい。
「僕たちも見てたよ。感動しちゃったよ」
「本当よね。唯香ちゃん、可愛かったわあ。でも、綾乃ちゃんは本当に辞退しちゃったのね」
そう言ってしまってから、美奈子は慌てて口を押さえた。でも、一度出てしまった言葉は、もうどうしようもない。
僕たちのあいだにぎこちない沈黙が流れた。
「まあ、瀬戸さんがいないんだから、我が明光学園の仲間としては観月さんに頑張ってもらわないとね」
岡村がそう言って、なぜだか胸を張ってみせた。
「なんで、おまえがそんなに威張ってんねん?」
全員の気持ちを代弁した品田のツッコミに、その場が一気に和んだ。
美奈子は目で「ごめんね」と僕に謝り、僕も目で「だいじょうぶさ」と返事をした。
「こらこら、そこの少年少女、なにをアイコンタクトしとるんや!」
品田の膝蹴が僕を襲い、美奈子はそんな僕を見捨てて小走りに境内へと向かった。
「早く行きましょうよ。私、神様にいっぱいお願いしたいことがあるんだから!」
「俺も!」
「わしも!」
「僕も!」
そして、僕たちは小走りに鳥居をくぐった。
*
僕が品田たちと別れたのは、もう夜が明けそうな時間だった。真っ黒だった空が少し白っぽくなり、あたりの闇もだんだんと薄くなっていた。
普段だったら、こんな時間に出歩いていたら、すぐに補導されてしまうだろう。でも、今日は元旦だから特別だ。
なんだか、このまま帰ってしまうのはもったいないような気がして、僕は歩き始めた。
特に目的地があるわけじゃない。夜明けの散歩だ。
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで、僕は歩き続けた。
そのうちに夜は完全に明けてしまい、薄ぼんやりとした光が街を覆ったころ、僕の前の方で一台のタクシーが停まり、中からひとりの少女が降りて来た。
その少女は走り去って行くタクシーをぼんやりと見送りながら、その場に立ち尽くしていた。
なんだか、すごく疲れているように見えた。僕は何気なく歩き続け、近くまで来て、それがよく知っている女の子であることに気がついた。
……唯香。
そこは唯香が暮らすマンションの前だった。CDグランプリの受賞式のあと、年越しの特別番組などに出演していて、ようやく帰宅したところなのだろう。
「唯香さん」
すぐ後ろから声をかけると、唯香は初めて僕の存在に気がついたようだった。
「あ、ああ……相原君……」
「おめでとう。テレビ見たよ」
「……うん。ありがとう」
いつもの唯香とは違って、なんだか元気がない。声も弱々しいし、第一表情が暗い。
こんな唯香を見るのは初めてだった。どんなにハードスケジュールのときでも、唯香は笑顔を絶やしたことはなかったはずだ。
「どうしたのさ。CDグランプリを受賞したんだよ、すごいじゃないか」
唯香はゆるゆると頭を振った。
「……ごめんね。そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、正直言うと、あんまり嬉しくないの」
「……嬉しくないって?」
受賞を知らされたとき、ステージの上で跳び跳ねて喜んでみせた唯香の姿が思い出された。
あれは嘘だったっていうのだろうか?
そんなはずはない。嘘だったら、僕たちをあんなに感動させることはできなかっただろう。
「確かに受賞した瞬間は嬉しかったわ」まるで僕の心の中を覗いたかのように唯香が言った。「でも、時間が経つと、だんだんいやになってきたの」
唯香の声が微かに震えていた。なんだか妙な感じだ。かける言葉も見つけられず僕が黙り込んでいると、唯香は続けた。
「だって、それは綾乃ちゃんが辞退したからでしょ。綾乃ちゃんが、『こんなものいらない』って捨てたものを、私がみんなから『おめでとう!』って贈られたって、そんなもの嬉しくないよぉ」
「だけど……」
「うん。わかってるの。私は小さな頃から絶対に歌手になってやるって思ってた。そして、CDグランプリを受賞するのが夢だったの。だけど、去年は新人賞を綾乃ちゃんに奪われた。悔しかったけど、確かに私の方が劣っていたのはわかるから、来年は負けないぞ、って思って、頑張って……、歌だって練習して……、眠くても、体調が悪くても、一生懸命ステージで歌ったわ。なのに……、綾乃ちゃんは『一抜けた』って急にいなくなっちゃうんだもん。私、このままだったら、ずっと綾乃ちゃんに負けたままだよ。そんなのいやだよぉ」
唯香は涙をこられきれずに、僕の胸に顔を押しつけるようにして泣いた。
関東スポーツの一面を飾っていた綾乃と宝条の写真が僕の頭の中をよぎった。ひょっとしてあの写真も……。
僕と唯香のあいだにはなんにもいやらしい思いはない。きっと綾乃と宝条にしても同じことだったんじゃないだろうか。強そうに見えて、アイドルたちはみんな誰かの助けを求めているんだ。
「唯香さん……」
弱さをさらけ出して泣きじゃくっているアイドルをそっと抱きしめてあげたかったが、僕には、ただその場に馬鹿みたいに突っ立って、薄い胸板を貸してあげることしかできなかった。
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