羽左 第 10 話 羽右 <2年生>

十二月三十一日、僕は去年と同じように、品田と岡村と一緒にテレビの前に座っていた。CDグランプリを観るためだ。

でも、去年のようなはしゃいだ気持ちにはなれなかった。

「ほんまに辞退してしもてんなあ」

品田がひとりごとのように言った。

瀬戸綾乃のことを言ったのだ。綾乃は関東スポーツに宝条瞬との密会が報じられて以来、マスコミの前から姿を消していた。

実際に宝条とのあいだにどういうことがあったのか、僕にはわからない。でも、そのことで綾乃が傷ついたのは確かだった。

「確かにもったいないよな。本当だったら、今年のCDグランプリは瀬戸綾乃でほぼ決まりだったんだ。それなのに、辞退しちゃうなんてな」

おそらくデータでは綾乃圧勝だったのだろう、岡村は手帳をのぞき込みながら心底もったいないというようにつぶやいた。

岡村の言うとおり、確かにもったいないかもしれない。でも僕は、そんなことよりも綾乃のことが心配だった。

綾乃はこのまま引退するんじゃないかという噂が流れていた。実際、あの日以来、彼女の姿を見たものは誰もいなかった。

僕たちがぼんやりと物思いに耽っているあいだにも、CDグランプリという名のショーは進行していく。

新人賞には、今年デビューしたアイドルたちがノミネートされていて、ステージの上で順番に瑞々しい歌声を披露した。

去年はその中に瀬戸綾乃と観月唯香もいたのだ。たった一年前のことなのに、ずいぶん昔のことのような気がする。

その一年間のあいだに、こういった賞レースを見る僕の心には変化が生まれていた。

以前だったら、単純に「ああ、この娘可愛いなあ」とか「僕はこっちの娘の方が好み」だとか無責任な楽しみ方ができたのだが、頑張っているアイドルたちを身近に見ていると、とにかくみんな悔いを残さないようにしてほしいという気持ちになってくる。

じゃあ、綾乃はどうだろう? 去年、あらゆる新人賞を総舐めにしたけど、彼女は悔いを残したのだろうか? 僕にはわからない。

「やっぱり、この娘か。この娘は来年ぐらい大化けするんじゃないかと俺は見てるんだ」

岡村がテレビを見ながらつぶやいた。いつの間にか、新人賞が発表されてしまっていた。

最近テレビに出まくっている女の子が首にメダルをかけられ、涙を流していて、いろんな人が彼女を祝福するために、次々にステージに上がった。

去年のこの場での情景――嬉しさのせいで涙ぐんでいる綾乃に宝条瞬が花束を渡した情景が僕の脳裏に甦ってきた。そして、あの関東スポーツに出ていた写真も。

泣いている綾乃の肩をそっと抱きしめている宝条瞬の姿……。別に嫉妬したりなんかしない。誰が見たって、綾乃と宝条だったらお似合いだ。

もし、宝条の代わりに僕があの写真に映っていたとしたら、誰も恋人同士だとは思わなかったに違いない。もちろん、こんな騒ぎにもなるわけはない。

「おい、和也。唯香ちゃんやで」

品田の声でやっと現実に引き戻された。テレビ画面には唯香の笑顔が大写しにされていた。今年の唯香はCDグランプリにノミネートされていたのだった。

唯香は自分がこうやって注目を浴びているのがうれしくてしかたがないといったように笑顔を振りまいていた。

その様子は、見ているこっちまで楽しくしてしまう。しかし、その陰では、唯香も人知れず努力をしているんだ。

この天真爛漫な笑顔の裏に、夜更けの公園でのたったひとりの歌のレッスンがあるなんて、誰が想像できるだろう。

「下手だから一生懸命練習してるの。もっと上手くなって、自分のイメージしている感情を全部歌で表現できるようになりたいの」

と言った唯香の言葉が僕の胸の中に甦り、なんだか熱いものが込み上げてきた。

唯香のイメージしているものが、歌を聴いた僕の心の中にも伝わってくればいいんだけど……。

「どないや、岡村。今年の唯香ちゃんはイケそうか?」

「そうだな。俺の予想通りなら、九分九厘間違いないだろう。瀬戸さんがいたら、難しかっただろうけどな」

「唯香さんはだいじょうぶさ」

僕の口から思わずそんな言葉がこぼれ出て、ふたりが振り向いた。

「なんや、さっきまでは瀬戸綾乃命みたいやったんが、急に観月唯香に鞍替えか?」

「そんなことはないけど……、綾乃さんがいないんだから、唯香さんが受賞しないでどうするんだよ。ふたりはライバルなんだろ?」

「……まあ、そうだろうけどな」

テレビ画面の中で唯香が歌い始めた。あの公園で歌っていた歌だ。



「今年のCDグランプリは……」という司会者の煽り文句のあとに、観月唯香の名前が読み上げられた。

満面の笑みを浮かべている唯香にスポットライトが当てられた。

 唯香は泣いたりしない。その場でぴょんぴょんと跳びはねるようにして喜びを表現した。

「ありがとー! 応援してくれたみんなにお礼が言いたいです。ありがとー!」

マイクを向けられると、唯香は興奮した調子で叫んだ。

 会場中がその声に反応した。唯香はみんなの心をひとつにしてしまっていた。

やっぱり唯香はすごい。こういうのは、持って生まれたものなのだろう。

 綾乃とは少しタイプが違うが、唯香も生まれついてのアイドルなのだ。

「わい、感動してしもたわ」

品田が涙を拭った。

「俺もだ。やっぱ、観月さんはいいなあ。来年はもっと応援しようって気になったよ」

岡村も涙を拭った。

「そうだよね。僕も応援するよ。もっといい歌をいっぱい歌ってもらいたいね」

軽快なイントロが流れ、抱えた花束に埋もれるようにして唯香が受賞曲を歌い始めた。






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